講座&セミナー レポート ・ アピール
1.福祉社会づくりに向けた大分県の概況

 世界の多くの国々において、近代化の遂行課程で「福祉国家」形成に向けた多数の施策が実施された歴史があります。この流れを踏襲しながら、市民権拡大の動向とも関わって、今日、私たちはさらに「福祉社会」の形成へという歴史の歩みを如実にしつつあります。福祉社会を実現し、多くの人々がそれを実感するには、さし当り何が必要か、大分県の現況から探ってみましょう。

  福祉社会の理念 福祉社会とは、「市民社会が市民の福祉に責任を持つ社会」を指す言葉です。「国家が国民の福祉に責任を持つ社会」と比較される言葉ですが、福祉社会と福祉国家は必ずしも対立する概念ではなく、相互に補完しあう現実があります。

  ところで、福祉社会を具体化・実際化するには、現実社会の現況認識が必要です。社会に今どんな問題・課題・ニーズがあり、解決のためのどんな資源と方法があるか、それらを正確に把握する必要があります。

  大分県における福祉ニーズと福祉社会への課題 福祉ニーズは、人々の生活環境と実際生活の展開、病気・怪我・加齢など各個人に起こる諸事象などにおいてさまざまな形で発生します。これらのニーズに市民社会が「お互い様」の福祉マインドと質の高い福祉援助技術を持ち、約束に従って支えあう福祉社会の到来が待ち望まれます。この視点から大分県の福祉ニーズ現況を概観すればそれは次のようになります。

  大分県は平野に乏しく、県域全体が「中山間地」の観を呈します。人口は大分市(県人口の36.4%を占有)など別府湾岸に集中し、広範囲な中山間地において、「過疎化」、「少子化」、「高齢化」が勢いをつけて進行しています。その背後には、農林漁業の長期にわたる低迷状態、必ずしも計画通りに進展しない沿岸部の工業団地化などがあり、生産年齢(15歳〜64歳)人口の県外流出が振興しています。

  こうしたなか、例えば中山間地に高齢夫婦や一人暮らし高齢者がほそぼそと田畑を耕して生活し、子ども世帯が、大分市や県外の都市で生活しているというような親族が増加しています。中山間地は次第に日々の村落組織を支える壮年層が少なくなり、保育・教育・医療・福祉などに関わる機関や施設の運営も厳しくなっています。過疎化・少子化・高齢化の進行の下、福祉ニーズが増大するにもかかわらず、現状では、課題に十分対応出来ない部分があります。それらの課題にどうチャレンジするか、福祉社会の実現に向かう場合の重要な課題です

  福祉課題への対策 述べたような課題に対して、現在大分県がとっている対策を2〜3紹介しましょう。まず、高齢化の進展に伴って「要介護者」の増加が予想されますが、平成12年に策定した「豊の国ゴールドプラン21(大分県老人保健福祉計画・介護保険事業支援計画)」を平成15年に見直し、第2期プランを策定しました。新プランでは、介護保険施設について、平成14年度の実績に基づき、5年後の同19年度目標を次のように設定しています。「介護老人福祉施設」・4334床(平成14年度実績)から・4973床(同19年度目標)へ、「介護老人保健施設」・3840床(同前)から・4275床(同前)へ、「介護療養型医療施設」・2096床(同前)から・2227床(同前)へ。次に障害者福祉の領域については、昭和56年に「障害者対策に関する大分県長期行動計画」を策定しましたが、13年後の平成6年度に、第2期基本計画として「障害者対策に関する新大分県長期行動計画」を策定しました。第2期基本計画は平成15年度を目標年度にしていましたので、現在、平成16年度から同24年度までを目標に「大分県障害者基本計画(第3期)」を策定したところです。

  福祉計画の基本理念 では、 これらの計画に、現在どんな基本理念が折り込まれているか、さきの2つの計画にみてみましょう。

  「豊の国ゴールドプラン21(第2期)」は基本理念として次の3つを掲げています。1) すべての人が社会の主人公として、主体的に自己実現を図りながら、豊かな高齢期を送れるような地域社会の実現を目指します。2) 高齢者が、いつまでも心身ともに健康で地域社会の中で積極的な役割を果たしながら、生き生きと生活できるよう、福祉、保健・医療にわたる施策を総合的に推進します。3) 介護の必要な高齢者が、自らの意思に基づき、自立した生活が送れるよう、必要な介護サービス基盤の整備を量と質の両面にわたって推進します。

  「大分県障害者基本計画(第3期)」は基本理念として次の3つを掲げます。1) 自立生活の実現、障害者が身近な地域で安心していきいきと生活し、それぞれが自らの希望と夢を持って個性を発揮できるよう、一人ひとりの自立生活の実現を目指します。2) 利用者本位の支援体制と主体的選択の実現、障害者の多様な生活ニーズに応じて希望にかなったサービスが選択でき、自分らしい生活を自らの意思で構築していけるよう、支援体制の確立を目指します。3) 地域で共生する社会の実現、障害の有無にかかわらず、誰もがお互いに人格と個性を尊重し、理解し合いながら、共に支え合って暮らしていける共生社会の実現を目指します。

  2つの計画の基本理念に共通するのは、@各人の人格・個性・自己実現の尊重、A共生し合える地域社会づくり、B多様な選択可能なサービスによる支援体制の確立、などです。では、こうした理念はどのように具体化しようとしているのでしょうか。


2.福祉理念の展開と実際
 
今日、社会福祉の実践を支える基本理念は、ノーマライゼーションに集約することができます。この理念が示す内容はここで解説するまでもありません。ところで、今日、さらに、インクルージョンの理念も徐々に広がろうとしています。ノーマライゼーションの理念を、社会の全領域に貫徹させようとする意味で、それはノーマライゼーション理念を受け継ぐ理念といえます。先に記したように、大分県の福祉計画にもこれらの理念は踏襲されています。では、これらの理念は実践段階ではどのように展開しようとしているのでしょうか。

  福祉理念の実践的展開 大分県における福祉理念の実践的展開について、先の基本計画の中から「計画の基本方針」を取り出し、特に前記福祉理念の実践に関する部分に焦点を当てて検討してみましょう。

  「豊の国ゴールドプラン21」の場合、それは次のように展開します。まず、介護サービスの基盤整備として、「在宅サービス重視を基本に、在宅サービスと施設サービスとの適正な均衡を図りながら、介護サービスの基盤の計画的整備を推進します。」次に、痴呆性高齢者対策の推進については、「相談機関の充実、在宅・施設サービスの整備、痴呆介護研修の充実、身体的拘束の禁止、地域福祉権利擁護事業、成年後見制度の普及を推進します。」また、地域福祉の推進と地域ケア体制の構築をめざして、「地域社会を基盤とした地域福祉を推進するとともに、在宅介護支援センター等各種相談窓口の有機的連携、保健・医療・福祉サービス提供機関及び地域住民・ボランティアグループ等、地域全体で高齢者を支える地域ケア体制の構築を進めます。」
 
「大分県障害者基本計画」では、施策展開の基本的方向を次の4つにまとめています。


1)  サービス基盤の整備と住まい・働く場の確保
   障害者が暮らす身近な地域で、生活を支える各種サービスが利用者の多様なニーズに適した形で円滑かつ十分に提供されるよう、基盤整備の促進と、サービスの質・専門性の向上を図るとともに、グループホームをはじめとする住まいを確保し、また、就労による経済基盤の獲得を促進することで、自立生活を実現するための施策を着実に推進します。
2)  地域生活への移行と相談支援・権利擁護の充実
   施設に入所している方々についてはできる限り、地域での自立した生活に移行することを促進し、あわせて、障害者の地域での生活を支えるうえでなくてはならない、相談支援体制を整備充実します。
  また、苦情解決が適切に行われる体制、更には権利擁護に関する制度の周知・利用促進を図り、本人主体の生活の実現に向けた施策を推進します。
3)  社会参加・交流活動の推進
   点字図書、字幕付きビデオなどに加え、IT(情報通信技術)の活用を積極的に図ることにより障害者のコミュニケーションの円滑化と活動・就労支援を推進するとともに、文化・スポーツの振興、社会参加や交流活動の推進を通じて、障害のある人とない人がお互いに理解しあい地域で共生しながら、生活をより豊かに充実させていくことを目指します
4)  人生の各段階・生活の各場面における総合的支援
   障害者の自立生活の実現のために、ライフステージの全ての段階を通じた各生活場面においてのサポート体制を確立すべく、福祉、保健、医療、教育、就労、まちづくりといった多方面の分野にわたる施策間の連動を図り、一貫した支援体制の構築を目指します。
  また、公的サービスだけでなく、社会福祉法人や民間企業のほか、ボランティア、NPO、各地域における福祉コミュニティ活動など、様々な活動主体が相互に連携を取りながらサービスを提供できるよう、そのネットワーク化を進めます。
 さて、以上の内容から、基本方針・基本方向には、福祉社会の実現に向かう基礎理念が色濃く折り込まれていることがわかります。問題は、この基本方針・基本方向などを具体的な形に結実する方法・プログラム・継続可能な実践などを作り出す仕事です。

  福祉施設がほとんど無かった時代、大半のケアは家族や親族のもと、十分な技術の無い状況の下で行われていました。病院が作られ、福祉施設が作られた現在、ケアの多くは施設において行われるようになりましたが、今、再び、施設から在宅・地域福祉へという流れが生まれています。家族・親族に頼ったケアとの違いを探りながら、あらためて施設ケアと在宅・地域ケアとの関わり方について検討する必要があります。




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